こころ社労士事務所スタッフの藤井鞠奈です。
お久しぶりです!6月もあっという間に過ぎ去り、気が付けば7月になってしまいましたね・・・
6月は祝日もなく、業務面でも特殊なイベントが多く密度のあるひと月でしたが、なんとか乗り越えられました✨
業務に慣れたこともあると思うのですが、休日には趣味の一つである舞台観劇をしたりして、気分のリフレッシュができたことも健康に過ごせた要因だと思っています!
今回は、そんな6月に観た舞台『ハムレット』の感想をお話ししますので、よろしければ少しだけお付き合いください。
『ハムレット』
『ハムレット』はご存じの方も多いのではないでしょうか。
作者はかの有名なウィリアム・シェイクスピアです。
シェイクスピアの作品は、韻文や散文、言葉遊びなどが数多く作中に散りばめられており、リズム感のあるその作風は原文で読めたらきっとすごく楽しいんだろうなと思うのですが、残念ながら私は日本語だけでも精一杯でして・・・😅
今回上演された四大悲劇のうちの一つでもある『ハムレット』はデンマークの王子ハムレットが国王であるを父親を毒殺し、自らが王位に就き王妃と結婚した叔父に復讐をする物語です。
実は私が舞台『ハムレット』を観るのは2回目で、1回目は9年程前になります。
その時は舞台観劇をするようになって日も浅かったので、テレビで見かけるような有名な俳優さんたちが目の前にいることの感動が強く、
正直その作品を観て何を感じたか、物語や登場人物に対する自分なりの考えなどを整理した記憶がありません。
月日が経ち舞台観劇にも慣れてから改めて観ると、この物語が持つ深いテーマやハムレットの葛藤に非常に心を打たれました。
『ハムレット』が悲劇とされる理由は、その中心にある人間の心理的葛藤にあります。
ハムレットは父の死と母あまりにも早すぎる再婚という裏切りに対する怒りと悲しみを抱きつつも、自らの行動に対する疑念と倫理的な葛藤に苦しみます。
「To be or not to be, that is the question.(「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」と訳されることが多い)」という有名な独白は、彼の内面の混乱と絶望を象徴しています。
復讐に対する強い欲望と、倫理的なジレンマの間で揺れ動くハムレットの姿は、観る者の心に深く響きます。
また、物語の進行とともに、ハムレットの行動は次第に狂気を帯びていきます。彼は自らを狂人と偽り、周囲の人物たちを欺くことで真相に近づこうとしますが、その過程で多くの無実の人々が巻き込まれ、悲劇的な結末を迎えます。
恋人のオフィーリアやその兄レアティーズ、さらには母ガートルードまでもが悲惨な運命に見舞われる様子は、観客に強烈な印象を与えます。
私が『ハムレット』から感じ取った最大のテーマは、「人間の弱さと強さの相克」です。ハムレットは知性と感情に優れた人物でありながら、自らの弱さに苦しむ姿が描かれています。
彼の内面の葛藤と、最終的に自らの運命を受け入れる姿勢は、人間の本質を鋭くえぐり出しています。
舌よ、この心を裏切るのだ。
ここで一つ私なりの考察として、ハムレットが死に至った原因は”狂気”であり、その狂気とは、「言葉と心が一致していなかった」ことにあるのではないかと思ったのです。
ハムレットは狂気を演じているのですが、その振る舞いの中で母親や恋人のオフィーリアをはじめとする周囲の人々に対して非常に棘のある言葉をこれでもかというほど放ちます。
復讐のために狂気を演じているとはいえ本心でないこと、相手を傷つけると分かったうえで冷たい言葉を発することは心身ともに非常に負荷がかかることではないでしょうか?
実際に、叔父が父を毒殺したと確信した直後の母親と面会する前の第五独白の場面において、自分の言葉が母親を苦しめるという自覚を持ったうえで、情を失ってはいけない、言葉で傷つけても相手が母親であることを忘れてはいけないと強く自身に言い聞かせながらもひどく感情的で、また物語の大半においても復讐をすることについて葛藤しています。運命を受け入れて理性的であるべきか、思いのまま復讐を果たすべきかと。
ハムレットの狂気
心の中での相反する感情に苦悩し、言葉と心の乖離に苦悩しながら狂気を演じるうちに周囲の心を疲弊させるだけではなく、ハムレット自身も本当に狂気に陥ってしまった可能性も考えられます。
いや、作中において父親の亡霊の声を聞いているのはハムレットのみであり、父親の死と母親の再婚によってその悲しみと不信感から彼は『ハムレット』の冒頭よりそもそも狂気の中に精神の一部を既に投じていたのかもしれません。
その真偽はさておき、ハムレットの狂気の振る舞いが周囲を傷つけ、無実の人の命を奪ってしまったことでさらなる復讐心を呼び、最終的にハムレットは毒によってその命を落とします。
ハムレットの死は復讐心によるものであり、その復讐心は狂気の振る舞いが引き起こしたものでした。
そして、狂気を振舞うための方法でもあった「言葉と心が一致していないこと」が引き起こす最大の悲劇を、ハムレットの死をもって表現したのではないかと私は思いました。
唯一の救いがあるとすれば、彼には腹心の友であるホレイシオがいたことではないでしょうか。
きっと友もなくたった一人であれば彼の精神はもっと早い段階で荒み、死ももっと早いものだったかもしれません。
そして死に至る顛末も明かされないまま文字通りの悲劇になっていたのではないかと思います。
また、ホレイシオが傍にいたことは、ハムレットにとって「言葉と心が一致していない」振る舞いをせずにいられる瞬間であり、唯一信頼を寄せられ素でいられる貴重な存在だったと思います。
だからこそ、最期には自分の遺志を彼に託すことができたのではないでしょうか。
不朽の名作
『ハムレット』は単なる復讐劇ではなく、人間の深層心理を描いた普遍的な物語です。その奥深いテーマと魅力的なキャラクターたちは、時代を超えて多くの人々に感動を与え続けています。
この作品を通じて、私は改めてシェイクスピアの偉大さを感じました。舞台を観ることで、再度訳本を読み返し、この作品の持つ魅力を再発見する素晴らしい経験となりました。
ぜひ、機会があれば皆さんも『ハムレット』を観て、その深い世界に触れてみてください。
一度書き始めるともっと書きたいと思うことが出てきてしまいます・・・
自分の頭の中でもうまく整理ができていない部分もたくさんあり、上手く言語化できずに読みにくいブログになってしまっていたら申し訳ありません。
何となくでも私の言いたいことが伝わっているといいなと思いながら今回はこれで締めさせていただきます。
長々とお付き合いいただきありがとうございました。あとは沈黙。
コメント
COMMENT